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テンドルマンの記事は、臨床栄養士(Holisitic Nutrition)が書いています。

このブログで取り上げる、栄養やダイエットなどの情報は、 臨床栄養士(Holistic Nutrition・アメリカ資格)が、 近代栄養学の臨床データーや研究データーに基づいて、 書いております。

青梅線、かりんとう電車から103系

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    若い方は映像でしか見た事が無いかと思いますが、

    私の学生時代、1970年代の後半には、都会の駅だけでなく、

    私が住んでいる昭島市の駅にも、いわゆる「尻押し部隊」と言われる、

    駅員の補助要員というのが、存在していました。

     

    私も大学の4年間、地元の青梅線中神駅で、その補助要員のバイトをした

    ことがあるのです。朝の時間帯で7時半から8時半までの1時間の勤務

    ですが、日曜・祭日を除き、毎日勤務が原則でした。

     

    私がバイトをしていた、1970年代の後半に、青梅線で走っていた車両は、

    とてもバラエティーにとんでいて、当時の最新車両である103系から、

    主力の101系、かりんとう色の72系や40系まで、ほぼ同時期に走って

    いたことがありました。

     

    40系は戦前に使用された車両で、確か窓のブラインドが木製だったものが

    あったのも、微かな記憶の中に残っています。

    この車両は1〜2編成くらいで、武蔵五日市発の電車にあったような気がします。

     

    Wikipediaより

     

    でも、この車両は私が大学を卒業する1981年には、走っていなかったような

    記憶もあります。

     

    当時の主な車両は、かりんとう色電車(このように呼ぶ人もいました)の、

    72系と呼ばれる車両で、青梅線を走る電車の車両のうち、

    半分近くがこの車両だったのではないか、と思います。

     

    この車両は4両または、7両編成の車両で、冬の混む時期だと、

    押し込んでも乗り切れないような人も出てきて、何度も苦情を言われたことが

    あります。

     

    また、ドアが閉まらなくなったりするトラブルは、かなりの頻度で発生し、

    その時には、ロープを張り、そこに私が立って終点の立川駅まで乗って行ったことも、

    数回ありました。もちろん、乗って行けるのは比較的空いている場合ですが・・。

     

    今では考えられない事ですよね。

     

    車両には、エアコンもありませんので、夏の時期になると、具合が悪くなって、

    ベンチで休むお客さんなどもありました。

     

    ただ、バイトをしたのが、4年間という短い間でしたが、その間にどんどん、

    新しい車両101系が導入されてくると、ドアが閉まらないトラブルなどは、

    無くなりました。

     

    卒業する頃(’81年)になると、京浜東北線で走っていた103系の車両が、

    たまにやって来ることがありました。

     

    今では青梅線の車両は全てE233系という、中央線と同じ車両を使用して

    いて、色も統一されています。

     

    しかし当時は、かりんとう色の車両、オレンジ色の車両、そして、青い車両と

    バリエーションもカラーも様々な車両があり、当時の国鉄時代の車両を多く

    楽しめる時代だったと思います。

     

    101系の車両が主流になった1981年の3月には、72系、かりんとう電車

    のサヨナラ運転があったとの記憶があります。

     

    103系もすべてオレンジ色に塗り替えられて、少しずつ青梅線も「都会」の

    電車に近づいてきたのが、この頃だったと思います。

     

    *記憶を辿って書いていますので、記憶違いがあったら、ごめんなさい。

     

     

    国鉄のバイト時代のことは、面白いエピソードがいろいろありますので、

    たまに引き出しを開けて、書いてみたいです。

     


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